この記事で分かること
変化の激しい現代、企業の持続的成長には長期的な視点での経営計画が不可欠です。
しかし「どう立てれば良いか分からない」「計画が形骸化してしまう」といった課題も少なくありません。
本記事では、失敗しない長期経営計画の立て方を、具体的な5つのステップとフレームワークで解説します。
策定時の注意点や、計画の実効性を高めるIT活用のポイントも網羅。未来を見据え、着実に実行するための計画策定のヒントが得られます。
長期経営計画とは、企業が5年後、10年後といった未来において「どのような姿でありたいか」というビジョンを実現するために、基本的な方針や達成すべき目標を定めた計画のことです。一般的に5〜10年程度の期間を対象とし、企業の進むべき大きな方向性を示す「羅針盤」のような役割を果たします。
市場や顧客ニーズが目まぐるしく変化し、将来の予測が困難な「VUCAの時代」と呼ばれる現代において、確固たる指針となる長期経営計画の重要性はますます高まっています。もちろん、計画通りに進むことばかりではありませんが、明確なビジョンと方向性を定めることで、日々の意思決定に一貫性が生まれ、組織全体の結束力を高める効果が期待できます。また、金融機関や取引先といったステークホルダーに対して、企業の将来性や信頼性を示す上でも不可欠なものと言えるでしょう。
長期経営計画としばしば混同されるのが「中期経営計画」です。両者は連動するものである一方、その目的や期間、内容の具体性において明確な違いがあります。長期経営計画が企業の「ありたい姿」というゴールを示すのに対し、中期経営計画はそこへ至るまでの具体的な道のりを描く「地図」に例えられます。
| 比較軸 | 長期経営計画 | 中期経営計画 |
|---|---|---|
| 期間 | 5年~10年程度 | 3年~5年程度 |
| 目的・役割 | 企業の将来的なビジョンやあるべき姿を定義し、経営の大きな方向性を示す。 | 長期経営計画で定めたビジョンを達成するため、具体的な戦略や施策に落とし込む。 |
| 計画の具体性 | 定性的な目標(ビジョン、事業ドメインの方向性など)が中心。 | 定量的な目標(売上高、利益率、ROEなど)が中心となり、具体的なアクションプランを策定する。 |
| 視点 | 未来志向(バックキャスティング)。将来のあるべき姿から逆算して現在何をすべきかを考える。 | 現在志向(フォアキャスティング)。現状の延長線上で、目標達成のための具体的な道筋を考える。 |
このように、長期経営計画で描いた壮大な未来予想図を、中期経営計画でより現実的かつ実行可能なレベルに分解し、さらに短期経営計画(年度計画)で日々の業務に落とし込んでいく、という階層構造になっています。
「長期経営計画」と「経営戦略」もまた、密接に関連し合う重要な概念です。両者の関係性を正しく理解することが、実効性の高い計画策定の第一歩となります。
結論から言えば、経営戦略とは企業の持続的な競争優位性を確立するための「基本方針」であり、長期経営計画は、その戦略を実行可能な形に具体化した「行動計画」と位置づけられます。経営理念やビジョンを実現するために「どの市場で(Where)」「誰に(Whom)」「何を(What)」「どのように(How)」提供して戦うのか、その大局的な方針が経営戦略です。
そして、その戦略に基づいて、「いつまでに」「どのような状態を目指し」「そのために、どのような経営資源を、どう配分するのか」を時間軸とともに具体的に示したものが長期経営計画なのです。つまり、経営戦略という羅針盤が指し示す未来を実現するための、具体的な航海図が長期経営計画であると言えるでしょう。
優れた経営戦略があっても、それを実行するための具体的な計画がなければ「絵に描いた餅」で終わってしまいます。一方で、どんなに精緻な計画を立てても、その根底にある戦略が市場環境や自社の強みに適合していなければ、目標達成は困難です。両者は車の両輪のように、相互に補完し合うことで初めて、企業を成長へと導く強力な推進力となるのです。
長期経営計画は、企業の未来を切り拓くための設計図です。その精度と実効性は、盛り込まれる項目の網羅性と具体性にかかっています。場当たり的な計画ではなく、企業のあらゆる側面を考慮した体系的な計画を策定することが、持続的な成長の鍵となります。本章では、長期経営計画に不可欠な「定性項目」と「定量項目」について、その詳細を解説します。
定性項目は、企業の存在意義や価値観、進むべき方向性を示す、いわば「企業の魂」です。数値だけでは測れないこれらの項目を明確にすることで、計画全体に一貫性が生まれ、従業員のエンゲージメントを高める効果も期待できます。
長期経営計画の策定は、自社のミッション(Mission:使命)、ビジョン(Vision:目指す姿)、バリュー(Value:価値観)を再確認する絶好の機会です。
これらは企業の羅針盤となる北極星であり、全ての戦略の土台となります。5年後、10年後もこの理念で戦い続けられるか、社会の変化に対応できているかを問い直し、必要であれば見直しを行います。そして、策定したMVVを従業員一人ひとりにまで浸透させる施策も計画に含めることが重要です。
「誰に、何を、どのように提供するのか」という事業領域(ドメイン)を明確に定義します。市場環境や自社の強みが変化する中で、現在の事業ドメインが将来も最適であるとは限りません。将来の市場成長性や競争優位性を考慮し、どの市場で戦い、どの事業に経営資源を集中させるのかを長期的な視点で決定します。
MVVと事業ドメインに基づき、企業全体の成長戦略と、各事業がどのように貢献していくかの戦略を定めます。全社戦略では、既存事業の深耕、新市場への進出、新製品・サービスの開発、あるいは多角化といった成長の方向性を明確にします。それに伴い、各事業部門が具体的にどのような戦略目標を追いかけるのかを具体化していきます。
全社戦略や事業戦略を実効あらしめるためには、それを支える各機能の戦略が不可欠です。例えば、マーケティング戦略、研究開発戦略、生産戦略、人事・組織戦略、財務戦略などがこれにあたります。各機能が連携し、全社最適の視点で戦略が策定されているかが、計画達成の確度を大きく左右します。
定性項目で描いた未来像を、具体的な数値目標に落とし込むのが定量項目です。これにより、計画の進捗を客観的に測定・評価し、必要に応じて軌道修正を行うことが可能になります。まさに、計画の実現可能性を裏付ける骨格と言えるでしょう。
企業が最終的に目指すゴールを具体的な数値で示したものがKGI(Key Goal Indicator)です。長期経営計画では、5年後、10年後の売上高、営業利益率、ROE(自己資本利益率)、市場シェアといった指標の目標値を設定します。これらの目標は、挑戦的でありながらも、実現可能な根拠に基づいている必要があります。
設定したKGIを達成した場合、財務諸表がどのように変化するのかをシミュレーションします。長期的な損益計算書(PL)、貸借対照表(BS)、キャッシュフロー計算書(CF)の計画を作成することで、事業活動に必要な資金や利益水準を具体的に把握し、財務的な健全性を確保します。
事業の成長や競争力の維持・強化に不可欠な投資計画を策定します。工場の新設や改修といった設備投資、未来の収益源となる新技術や新製品のための研究開発投資など、長期的な視点から必要な投資額とその回収計画を明確にします。
事業計画を遂行するための人員体制や組織構造に関する計画です。将来の事業拡大を見据え、どのようなスキルを持つ人材が何人必要になるのか、採用計画や育成計画を具体化します。また、戦略実行に最適な組織形態への変更や、次世代の経営を担う後継者育成計画も重要な項目です。
| 項目分類 | 主な指標 | 計画で定めること |
|---|---|---|
| 収益性 | 売上高、営業利益、経常利益、ROE | 5~10年後の具体的な目標数値と、その達成に向けた成長率 |
| 効率性 | 総資本回転率、自己資本比率 | 資産を効率的に活用し、健全な財務体質を維持するための目標値 |
| 投資 | 設備投資額、研究開発費 | 持続的成長を実現するための戦略的投資の規模と配分 |
| 人財 | 従業員数、労働生産性 | 事業計画達成に必要な人員数と、一人当たりの付加価値目標 |
企業の持続的な成長を実現するための羅針盤となる長期経営計画。しかし、その策定は決して容易ではありません。ここでは、客観的で精度の高い計画を立てるために、広く活用されている経営フレームワークを用いた5つのステップを具体的に解説します。
計画策定の第一歩は、「自社がどこを目指すのか」という理想の姿と、「現在どこにいるのか」という客観的な現状を正確に把握することから始まります。
MVVは、企業の存在意義や目指すべき方向性を示す、経営の根幹をなすものです。長期経営計画は、このMVVを実現するための具体的な道筋を描くものでなければなりません。計画策定の前に、まずは自社のMVVを明確に定義、あるいは全社で再確認しましょう。
MVVが全社に浸透していることで、従業員は日々の業務の意義を理解し、同じ目標に向かって進むことができます。
次に、自社の現状を客観的に分析するためにSWOT分析を活用します。SWOT分析は、自社の経営資源などの「内部環境」と、市場や競合などの「外部環境」を、それぞれプラス要因とマイナス要因に分けて整理するフレームワークです。
| プラス要因 | マイナス要因 | |
|---|---|---|
| 内部環境 | S:強み (Strengths) 技術力、ブランド力、顧客基盤など |
W:弱み (Weaknesses) 人材不足、コスト構造、旧式の設備など |
| 外部環境 | O:機会 (Opportunities) 市場の拡大、規制緩和、新技術の登場など |
T:脅威 (Threats) 競合の台頭、景気後退、消費者ニーズの変化など |
MVVで描いた理想の姿と、SWOT分析で明らかになった現状との間にあるギャップこそが、取り組むべき経営課題となります。さらに、これらの4つの要素を掛け合わせる「クロスSWOT分析」を行うことで、「強みを活かして機会を掴む」「弱みを克服して脅威に備える」といった、具体的な戦略の方向性を見出すことができます。
SWOT分析で洗い出した「機会」と「脅威」を、より長期的かつ多角的な視点で深掘りするためにPEST分析を用います。PEST分析は、自社ではコントロールが難しいマクロ環境の変化を捉え、未来の事業環境を予測するためのフレームワークです。
これらのマクロ環境の変化が、数年後、あるいは10年後に自社の事業にどのような影響を及ぼす可能性があるのかを予測します。未来の不確実性を多角的に検討し、変化の兆候をいち早く捉えることで、事業機会の発見や潜在的リスクへの備えが可能になります。
環境分析を通じて見えてきた事業機会を、具体的な成長戦略として方向づけるために「アンゾフの成長マトリクス」が役立ちます。このフレームワークは、「製品」と「市場」をそれぞれ「既存」と「新規」の2軸で分け、4つの象限で企業の成長戦略を検討します。
| 既存市場 | 新規市場 | |
|---|---|---|
| 既存製品 | 市場浸透戦略 既存顧客への販売強化やシェア拡大を目指す。 |
新市場開拓戦略 新たな顧客層や地域へ進出する。 |
| 新規製品 | 新製品開発戦略 既存市場のニーズに応える新製品を投入する。 |
多角化戦略 新しい市場へ新しい製品で参入する。 |
自社の強みや経営資源、そしてリスク許容度を踏まえ、どの成長戦略を選択すべきかを検討します。例えば、既存事業の基盤が強固であれば「市場浸透戦略」や「新製品開発戦略」を、一方で大きな成長を目指すのであれば、相応のリスクを伴う「新市場開拓戦略」や「多角化戦略」を視野に入れる必要があります。複数の戦略を組み合わせ、事業ポートフォリオを最適化していく視点が重要です。
策定した成長戦略を、具体的なアクションプランに落とし込むための管理手法が「バランススコアカード(BSC)」です。BSCは、従来の財務指標だけでなく、「顧客」「業務プロセス」「学習と成長」という3つの非財務指標を加えた4つの視点から、戦略目標を具体化し、その達成度を測定します。
これらの4つの視点には因果関係があります。「学習と成長」を通じて従業員の能力や組織力が向上し、それが「業務プロセス」の効率化や高度化につながります。その結果、提供する製品・サービスの価値が高まり、「顧客」満足度が向上し、最終的に「財務」的な成果として結実する、というストーリーを描きます。財務的な成果と、その源泉となる非財務的な活動を関連付けて可視化することで、戦略の実行力を高めることができます。
最後のステップとして、設定した戦略目標を全社、各部門、そして個人の日々の活動レベルまで落とし込み、実行計画を策定します。
バランススコアカードで設定した戦略目標(KGI:重要目標達成指標)を頂点に置き、その目標を達成するための具体的な要因をツリー状に分解していきます。そして、各要因を測定するための指標がKPI(重要業績評価指標)です。例えば、「売上向上」というKGIは「顧客数 × 顧客単価」に分解でき、さらに「顧客数」は「新規顧客数」と「既存顧客数」に分解できます。このように目標を細分化していくことで、経営トップの描く戦略と、現場の具体的なアクションとの繋がりが明確になり、全社一丸となって目標達成に取り組む体制を構築できます。
KPIツリーで明確になった施策を、長期的な時間軸の上に配置し、具体的な実行計画としてまとめたものがロードマップです。ロードマップには、以下の要素を盛り込みます。
ロードマップを作成することで、長期的な目標達成までの道のりが可視化され、関係者間での共通認識が生まれます。また、定期的に進捗状況を確認し、計画と実績の差異(予実管理)を分析することで、環境変化に応じた柔軟な計画の見直しも可能になります。
企業の持続的な成長の羅針盤となる長期経営計画。しかし、多くの時間と労力をかけて策定したにもかかわらず、計画が「絵に描いた餅」となり、実行されずに形骸化してしまうケースは少なくありません。その背景には、策定プロセスに潜むいくつかの共通した「落とし穴」が存在します。ここでは、特に中堅企業が直面しやすい代表的な課題を深掘りし、その対策の方向性を示します。
長期経営計画の精度と実効性は、その土台となるデータ収集と分析の質に大きく左右されます。しかし、多くの企業ではデータに関する根深い課題を抱えており、それが計画の質を低下させる直接的な原因となっています。
多くの企業で、部門ごとに最適化されたシステムやExcelファイルが乱立し、データが組織内に分散してしまっている「データのサイロ化」が深刻な問題となっています。 例えば、販売データは営業部門のSFA(営業支援システム)に、生産データは工場独自の生産管理システムに、そして会計データは経理部門の会計パッケージに、といった具合にバラバラに保管されています。
このような状態では、全社横断的な視点でデータを統合し、分析することが極めて困難になります。結果として、経営層は断片的な情報に基づいて意思決定せざるを得ず、市場の変化や事業機会を正確に捉えた、実効性の高い戦略を描くことが難しくなるのです。
| 弊害の種類 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 意思決定の遅延と質の低下 | 各部門からデータを収集・統合するのに多大な時間と手間がかかり、迅速な経営判断の妨げとなる。また、不正確なデータに基づいた誤った意思決定のリスクが高まる。 |
| 非効率な業務プロセス | 部門間で同じようなデータを二重、三重に入力する手間が発生し、生産性の低下を招く。また、データ集計やレポート作成が手作業中心となり、本来注力すべき分析業務に時間を割けない。 |
| データドリブン経営への移行阻害 | 全社的なデータを活用した高度な分析や将来予測が困難となり、経験や勘に頼った旧来の経営から脱却できない。 |
データの分析プロセスが、特定の担当者の経験やスキルに依存している「属人化」も大きな課題です。独自のExcelマクロや複雑な関数を駆使して作成された分析レポートは、その担当者がいなければ更新も改善もできず、業務継続性の観点から大きなリスクを抱えています。さらに、手作業によるデータ加工や集計は、入力ミスや計算間違いといったヒューマンエラーを誘発しやすく、分析結果そのものの信頼性を揺るがしかねません。
長期経営計画は全社一丸となって取り組むべきものですが、策定プロセスにおける部門間の連携不足や、自部門の利益を優先するセクショナリズム(縄張り意識)が、計画の実行を阻害する大きな要因となります。
各部門がそれぞれのKPI(重要業績評価指標)達成を最優先するあまり、組織全体としての最適な姿を見失う「部分最適の罠」に陥ることがあります。例えば、営業部門は売上拡大のために過度な値引きや短期的なキャンペーンを望むかもしれませんが、それは製造部門の生産計画の混乱や、会社全体の利益率の低下につながる可能性があります。このような部門間の対立は、計画策定段階での十分な対話や目標のすり合わせが不足している場合に顕著になります。
経営層や企画部門だけで策定されたトップダウンの計画は、現場の従業員にとって「やらされ仕事」と受け取られがちです。計画策定のプロセスに現場の声が反映されていないと、計画内容が現実離れしたものになったり、従業員が計画に対する当事者意識を持てなくなったりします。従業員の「自分ごと化」が進まなければ、どんなに優れた計画も現場で実行されることはなく、結果として形骸化してしまうのです。全社的な目標を共有し、各部門、各従業員の役割を明確にすることが、計画浸透の鍵となります。
5年、10年先を見据えた長期経営計画は、策定して終わりではありません。計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Action)のPDCAサイクルを回し、変化する経営環境に柔軟に対応しながら着実に実行していくことが不可欠です。しかし、多くの企業では、その「評価(Check)」のプロセスにおいて大きな壁に直面しています。その最大の要因が、部門ごとに最適化されたシステムやExcelによるアナログな管理手法です。ここでは、計画の実効性を高めるためのIT活用について解説します。
多くの企業にとって、Excelは最も身近で手軽な予実管理ツールです。導入コストもかからず、多くの従業員が操作に慣れているため、管理会計の第一歩として広く利用されています。しかし、全社レベルの長期経営計画を管理する上では、その手軽さが逆に足かせとなり、多くの課題を生み出します。
事業が拡大し、扱うデータが複雑化するにつれて、Excelによる管理は以下のような限界点を露呈します。
| 課題 | 具体的な内容 |
|---|---|
| データのサイロ化 | 部門ごとにファイルが乱立し、全社的なデータ統合が困難になります。 最新のファイルがどれか分からなくなったり、転記ミスが発生したりするリスクが高まります。 |
| リアルタイム性の欠如 | 各部門からExcelファイルを集め、手作業で集計するプロセスには多大な時間と労力がかかります。そのため、経営層が最新の状況を把握するまでにタイムラグが生じ、意思決定の遅れを招きます。 |
| 属人化とブラックボックス化 | 複雑なマクロや関数を組んだファイルは作成者本人にしかメンテナンスできず、異動や退職によって誰も触れない「ブラックボックス」と化す危険性があります。 |
| セキュリティリスク | ファイル単位での管理はアクセス制御が難しく、重要な経営データが外部に流出するリスクや、誤って数式を消してしまうといった人為的ミスのリスクを常に抱えています。 |
これらの課題は、長期経営計画という航海の羅針盤であるべき予実管理の精度を著しく低下させ、計画と実績の乖離に気づいたときには既に対応が手遅れ、という事態を招きかねません。
Excel管理の限界を乗り越え、長期経営計画の実効性を高める鍵となるのが「統合データ基盤」の構築です。統合データ基盤とは、社内に散在する販売、会計、生産、人事といった様々なデータを一元的に集約・管理し、経営状況をリアルタイムに可視化するための仕組みを指します。
統合データ基盤を整備することで、以下のようなメリットが生まれ、経営の舵取りが大きく変わります。
各部門のデータがリアルタイムに連携されるため、経営層はいつでも最新の経営状況をダッシュボードなどで直感的に把握できます。これにより、計画と実績の乖離を早期に発見し、データに基づいた迅速かつ的確な意思決定を下すことが可能になります。
統合された正確な過去データは、将来予測の精度を高めるための貴重な資産となります。市場の変化や新たな戦略が業績に与える影響をシミュレーションすることで、より確度の高い計画への見直しや、リスクの事前察知が可能になります。
部門ごとの部分最適な視点から脱却し、全社的な視点でKPI(重要業績評価指標)の進捗をモニタリングできます。これにより、特定の部門の利益が他の部門の不利益になっていないかといった、部門間のコンフリクトを排し、企業全体の持続的な成長に向けた軌道修正が行えるようになります。
この統合データ基盤の中核を担うのが、ERP(Enterprise Resource Planning:企業資源計画)です。ERPは、企業の基幹となる業務システム(会計、販売、生産、人事など)を統合し、すべてのデータを一つのデータベースで管理する仕組みです。
ERPを導入することで、これまでExcelで手作業で行っていたデータ収集・集計プロセスが自動化され、予実管理のあり方が劇的に変わります。例えば、売上実績が計上された瞬間に、そのデータがリアルタイムで会計システムに反映され、経営層は即座に予算に対する進捗を確認できます。このように、ERPは単なる業務効率化ツールにとどまらず、長期経営計画の達成を支える経営のコックピットとしての役割を果たします。計画と実績のズレをリアルタイムに把握し、その原因を深掘りすることで、変化に強い経営基盤を構築することができるのです。
前章までで、実効性の高い長期経営計画を策定するためのステップや、部門間の連携の重要性について解説しました。しかし、どれだけ優れた計画を立てても、その進捗を正確に把握し、環境変化に応じて迅速に軌道修正できなければ、「絵に描いた餅」で終わってしまいます。特に、多くの企業で課題となっているExcelでの予実管理や、部門ごとにサイロ化したデータの存在は、計画実行の大きな足かせとなります。
こうした課題を乗り越え、未来を見据えた持続的な成長を実現するための経営基盤として注目されているのが、SAP S/4HANA Cloudのような次世代のクラウドERPです。
長期経営計画の実現という観点から、SAP S/4HANA Cloudが提供する価値は大きく3つ挙げられます。
SAP S/4HANA Cloudは、インメモリデータベース技術により、会計データから販売、在庫、生産といったあらゆる業務データを単一のプラットフォームに統合します。これにより、経営層や事業責任者は、常に最新かつ正確な経営状況をリアルタイムで把握できます。ドリルダウン機能を使えば、全社レベルのKPIから現場の個別の伝票データまで瞬時に掘り下げて分析でき、問題の早期発見と迅速な意思決定を強力に支援します。
長期経営計画は、策定して終わりではありません。市場環境や競合の動向といった外部環境の変化に応じて、柔軟に見直す必要があります。SAP S/4HANA Cloudは、統合されたデータ基盤の上で、精度の高い経営シミュレーションを実行できます。例えば、「特定の製品ラインの需要が20%増加した場合、利益やキャッシュフローにどのような影響が出るか」といったシナリオを瞬時に算出し、計画の軌道修正に役立てることが可能です。
SAPが長年にわたり世界中の企業との取引で蓄積してきた、業界・業種別の標準的な業務プロセス(ベストプラクティス)が予め組み込まれています。これにより、自社の業務プロセスを標準化し、非効率な業務を排除できます。将来的な海外展開やM&Aを視野に入れる企業にとって、グループ全体のガバナンスを強化し、経営管理レベルを統一するための強力な基盤となります。
長期経営計画の各フェーズにおいて、SAP S/4HANA Cloudがどのように貢献するのかを以下の表にまとめました。
| 計画のフェーズ | 多くの企業が抱える課題 | SAP S/4HANA Cloudによる解決策 |
|---|---|---|
| ①現状把握・分析 (MVV策定、SWOT分析など) |
部門ごとにデータが散在し、全社横断での正確な現状把握に時間がかかる。分析のために手作業でのデータ収集・加工が必要。 | 単一の信頼できるデータソース(Single Source of Truth)を提供。財務・非財務データが統合され、客観的な事実に基づいた迅速な現状分析が可能になる。 |
| ②戦略目標の具体化 (バランススコアカードなど) |
設定した戦略目標(KGI)と現場の活動指標(KPI)の連動性が不明確。非財務指標の定量的な測定が難しい。 | 財務の視点だけでなく、「顧客」「業務プロセス」「学習と成長」といった多角的な視点での目標設定とモニタリングを支援。戦略と現場のアクションを紐づけて管理できる。 |
| ③実行・モニタリング (KPIツリー、ロードマップ) |
Excelでの予実管理は更新が煩雑で、リアルタイム性に欠ける。問題が発生しても、原因特定に時間がかかる。 | リアルタイムの経営ダッシュボードにより、KPIの進捗を常に可視化。計画と実績の乖離を即座に検知し、ドリルダウン分析で根本原因を迅速に特定できる。 |
| ④計画の見直し | 市場環境の変化に対し、計画の見直しや再シミュレーションに多大な工数がかかり、対応が後手に回る。 | 高速なシミュレーション機能を活用し、様々なビジネスシナリオの影響を即座に分析。データに基づいた客観的な判断で、迅速かつ的確な計画の軌道修正が可能になる。 |
特に、従来のオンプレミス型ERPからの刷新を検討している企業にとって、SAP S/4HANA CloudのようなクラウドERPは、単なるシステム更新以上の価値をもたらします。
クラウドサービスであるため、自社でサーバーなどのインフラを保有・管理する必要がありません。これにより、ビジネスの成長や市場の変化に合わせて、必要な機能を迅速に追加・拡張することが可能です。新規事業の立ち上げや海外拠点への展開も、スピーディーに行えます。
AI、機械学習、IoTといった最新テクノロジーを活用した新機能が、定期的なアップデートによって自動的に提供されます。これにより、自社で大規模な投資をすることなく、常に最先端の技術を活用し、継続的な業務革新を推進できます。システムの陳腐化を心配する必要はありません。
本記事では、フレームワークを活用した長期経営計画の立て方を5つのステップで解説しました。しかし、計画は策定して終わりではありません。データ収集の課題や部門間の連携不足を乗り越え、計画の実効性を高めることが成功の鍵となります。そのために不可欠なのが、経営状況をリアルタイムに可視化する統合データ基盤、すなわちERPの活用です。持続的な成長を実現するため、未来を見据えた経営基盤としてERPの情報収集を始めてみてはいかがでしょうか。