ビジネスにおいて「発注書」は、取引の開始を告げる最も基本的な書類です。しかし、その役割や法的な取り扱いについて、正しく理解し、適切な運用ができているでしょうか。
「電話やメールだけで済ませていないか」「下請法やフリーランス新法などの法規制に対応できているか」「インボイス制度開始後、記載事項に不備はないか」――。
2025年現在、電子帳簿保存法における電子取引データ保存の義務化やフリーランス新法の施行などにより、発注業務を取り巻くコンプライアンス要件は年々厳格化しています。従来のようなアナログで曖昧な管理を続けていると、法的なペナルティを受けるリスクだけでなく、無駄なコストや業務の停滞を招く原因となります。
本記事では、発注書の基本的な定義や書き方はもちろん、サービス(役務)発注時の注意点、最新の法対応、そしてERP(統合基幹業務システム)を活用した「守り」と「攻め」の発注管理について、成長企業の経営層に向けて徹底解説します。
この記事で分かること
まずは、発注書とは何か、なぜ発行する必要があるのか、その基本的な定義と役割について整理します。
発注書とは、商品やサービスの購入・利用を依頼する際、発注者(買い手)が受注者(売り手)に対して発行する書類です。
口頭での注文も契約としては成立しますが、「言った・言わない」のトラブルを防ぐために、「何を、いくらで、いつまでに、どのような条件で欲しいか」という契約の申し込みとしての意思表示を証拠として残すことが最大の目的です。
実務上、この2つはほぼ同じ意味で使われ、法的な区別もありません。一般的な使い分けの傾向としては以下の通りです。自社内で呼称を統一しておけば問題ありません。
発注書を送っただけでは、一方的な「申し込み」に過ぎません。受注者が承諾の意思表示をすることで契約が成立します。承諾の方法は様々であり、発注請書(注文請書)の発行だけでなく、商品の発送や作業の着手によって承諾とみなされる場合もあります。
ただし、トラブルリスクが高い取引や重要案件においては、契約書の締結や発注請書の受領により、双方の合意内容を明確に文書化しておくことが推奨されます。口頭での承諾や黙示的な承諾では、後から「言った・言わない」の紛争が生じやすいためです。
原則として、民法上は発注書の発行義務はありません。しかし、取引の相手や内容によっては、法律で発行が義務付けられている場合があります。特に近年の法改正には注意が必要です。
取引相手が中小事業者や個人事業主(フリーランス)である場合、以下の法律により書面の交付が義務付けられています。
「口頭で発注し、後で書類を作る」といった運用は法令違反となるリスクが高いため、システム等を用いた厳格な運用が求められます。
インボイス制度においては、原則として「請求書」がインボイス(適格請求書)となりますが、一定の要件を満たす場合には「発注書(および納品書等)」を仕入明細書等として保存することで代替するケースも認められています。
この場合、発注書そのものをインボイスの代替とするには、登録番号や税率ごとの消費税額などの法定記載事項を満たしている必要があり、通常の発注書が自動的にインボイスの代わりになるわけではありません。
発注書は通常は印紙税法上の非課税文書ですが、記載内容や取引の性質によっては課税文書と判断される場合があります。印紙税の要否については、個別の文書内容に応じて税理士等の専門家にご確認いただくことを推奨します。なお、電子的に作成・交付した発注書については、印紙税は課されません。
トラブルを防ぐためには、記載すべき項目を網羅しておく必要があります。「物品」の発注と「サービス」の発注では、記載のポイントが少し異なります。
最低限、以下の項目が必要です。
形のないサービス(システム保守、清掃、コンサルティング、原稿執筆など)を発注する場合、以下の項目を明確にする必要があります。
これらが曖昧だと、「思ったような成果物が出てこない」「追加料金を請求された」といったトラブルに発展しやすくなります。
フォーマットに入り切らない条件は備考欄を活用します。
など、細かな条件を明記することで、認識のズレを防げます。
発行した発注書(控え)や、受け取った発注書は、法律で定められた期間、適切な方法で保存する義務があります。
法人税法上、帳簿書類(発注書を含む)の保存期間は、その事業年度の確定申告期限の翌日から7年間です。
ただし、赤字(欠損金)が発生した年度については、その欠損金を繰り越すために10年間の保存が必要となります。実務上は「一律10年保存」としておくと安全です。
2025年現在、電子帳簿保存法における「電子取引」のデータ保存は義務化されています。メール、Webシステム、クラウドサービス、EDIなどでやり取りした発注書データは、電子データのまま保存することが原則です。ただし、やむを得ない事情がある場合には、電子データの提示・ダウンロードに対応できる体制を整えていれば、紙保存も例外的に認められる可能性があります。保存にあたっては、「日付・金額・取引先」で検索できる機能や、改ざん防止措置など、国税庁の定める保存要件を満たす必要があります。
「Excelで作ってPDF化し、メールで送る」「紙で印刷して郵送する」といったアナログな管理は、小規模なうちは機能しますが、企業が成長し取引量が増えるにつれて、非効率やリスクが顕在化しやすくなります。
紙での運用は、印刷代、紙代、郵送費、そして封入・投函にかかる人件費が発生します。さらに、発注書は原則として印紙税の課税対象外ですが、記載内容によって契約書とみなされる場合には印紙税が発生する可能性があります。1件あたりのコストは小さくても、年間数千件、数万件となれば莫大なコストになります。
「過去の発注単価を確認したい」「監査で特定の発注書を探す必要がある」といった場面で、紙のファイルや個人のPC内を探し回るのは時間の無駄です。また、紙の紛失や、誤送信による情報漏洩のリスクも常に付きまといます。
Excelでの作成は、計算式の誤りや、古い単価のままコピペしてしまうといった「ヒューマンエラー」が起きがちです。また、急ぎの案件で上長の承認を得ずに発注してしまう「フライング発注」や、事後にまとめてハンコを押す「承認の形骸化」は、不正の温床となり、内部統制上の重大な欠陥となります。
これらの課題を解決するためには、単なる「電子化ツール」の導入にとどまらず、全社的な業務基盤である「ERP(Enterprise Resource Planning)」を活用したプロセスの刷新が効果的です。
発注書作成ツールを入れるだけでは、前後の業務(見積、検収、支払)との連携は手作業のままです。
ERPであれば、「見積データ → 発注データ → 検収データ → 支払データ」が一気通貫で連携します。一度入力したデータを転用できるため、転記ミスがなくなり、業務効率が劇的に向上します。
成長企業では、クラウドベースの「SaaS型ERP」が推奨されます。
インターネット環境があればどこからでもアクセスできるため、外出中の上長がスマホで承認したり、テレワーク中の担当者が自宅から発注処理を行ったりすることが可能です。これにより、意思決定のスピードが上がり、ビジネスの機会損失を防ぎます。
SaaS型ERPの最大の強みは、法改正への対応です。
インボイス制度の要件、電子帳簿保存法の保存要件、さらにはフリーランス新法で求められる取引条件の明示など、複雑化する法規制に対して、ベンダー側がシステムをアップデートしてくれます。一般的に SaaS ERP は法改正へのアップデートが提供されていることも多く、適切に設定・運用することで法令準拠しやすい環境を構築できます。
発注書の運用に関して、経営者や実務担当者からよくある疑問に回答します。
はい、問題ありません。ただし、メール本文や添付ファイル(PDF等)が、下請法やフリーランス新法などの法定記載事項を満たしている必要があります。また、電子取引に該当するため、送信したデータを電子帳簿保存法の要件に従って保存する義務が生じます。
発注書を発行する前に、必ずサプライヤーと条件を再調整してください。発注書は「申し込みの意思表示」ですので、間違った金額で発行し、相手が承諾してしまうと、その金額で契約が成立してしまいます。システム上で見積データから発注書を自動生成する運用にすれば、こうした不整合は防げます。
形のないサービスでも、「検収(完了確認)」は必須です。業務完了報告書やタイムシートの提出を求め、契約通りの業務が履行されたかを確認した上で、検収処理(支払承認)を行います。ERPなどのシステムでは、「役務検収」としてのプロセスを設定し、証憑を添付して承認するフローを構築できます。
はい、必要です。特に「フリーランス新法」により、原則として取引条件を書面または電磁的方法で明示することが義務付けられています。口頭発注はトラブルの原因になるだけでなく、法律違反となる可能性が高いため、必ず発注書を発行してください。
紙での発注業務にかかるコスト(印刷、郵送、人件費、印紙代、保管コスト)は、企業規模や取引形態によって異なりますが、1件あたり数百円から千円以上になるケースもあります。システム導入によりこれらがほぼゼロになり、さらに検索時間の短縮やミス削減の効果を加えると、多くの企業で高い投資対効果(ROI)が得られます。
発注書は、企業の取引において最も基本的かつ重要な書類です。
その作成・送付・保存のプロセスを適正化することは、単なる事務効率化にとどまらず、コスト削減、法的リスクの回避、そして企業の社会的信用(ガバナンス)の強化に直結します。
特に成長企業においては、法改正への対応や組織の拡大に合わせて、アナログな管理からSaaS型ERPなどのデジタル基盤への移行が不可欠です。「システムが法律を守ってくれる」「データが経営の意思決定を支えてくれる」環境を構築することで、企業は安心して本業の成長に集中することができるでしょう。