昨今のビジネス環境において、原材料価格の高騰や為替変動、地政学リスクによるサプライチェーンの分断など、企業を取り巻く調達環境はかつてないほど厳しさを増しています。これまでは「必要なものを安く買う」ことが調達部門の主な役割とされてきましたが、現代においては「経営戦略の一環として、いかに安定的に、かつ最適なコストとリスクバランスでリソースを確保するか」が問われています。
しかし、多くの成長企業では、事業の拡大スピードに管理体制が追いつかず、調達プロセスが属人化していたり、各部署でバラバラに発注が行われていたりと、非効率やガバナンスリスクを抱えているのが実情です。
こうした課題を解決し、企業の競争力を高めるためには、調達プロセス全体を正しく理解し、デジタル基盤(ERP)を活用して統合的に管理することが不可欠です。
本記事では、調達プロセスの基本定義から、実務における標準的なステップ、直面しやすい課題、そしてERPを活用した高度な管理手法まで、経営視点で詳しく解説します。
この記事で分かること
「調達」という言葉は日常的に使われていますが、その範囲や定義は企業によって曖昧な場合があります。まずは、調達プロセスの定義を明確にし、単なる事務作業ではない「経営機能」としての重要性について解説します。
調達プロセスとは、企業が事業活動を継続・発展させるために必要なリソース(物品、サービス、人材など)を、適切な品質(Quality)、適切な価格(Cost)、適切な時期(Delivery)に外部から確保するための一連の活動を指します。
その目的は、単にモノを買ってくることではありません。事業計画に基づいて必要なリソースを滞りなく供給し、原価低減による利益創出や、供給リスクの最小化を通じて、企業の持続的な成長を支えることにあります。つまり、調達プロセスはサプライチェーン・マネジメント(SCM)の最上流に位置する、極めて重要な経営プロセスなのです。
実務の現場では混同されがちな「調達」と「購買」ですが、経営管理の観点では明確に区別されます。
調達プロセスを最適化するということは、日々の「購買」業務を効率化するだけでなく、戦略的な「調達」機能を強化することを意味します。
かつてはコストセンターと見なされがちだった調達部門ですが、現在はプロフィットセンター(利益を生み出す部門)としての役割が期待されています。その背景には以下の理由があります。
調達プロセスは、業種や取り扱う品目によって異なりますが、一般的には以下の8つのステップで構成されます。ここでは、戦略的なソーシングから実務的なパーチェシング、そして事後の評価までを網羅した標準フローを解説します。
全ての出発点は、「何が、いつ、どれくらい必要なのか」を正確に把握することです。
各事業部門からの購入依頼や、生産計画・販売計画に基づいて、必要な品目や数量、納期を特定します。この段階で、過剰な仕様(オーバースペック)になっていないか、在庫を活用できないかなどを検討し、不要な支出を抑制することがコスト削減の第一歩となります。
特定されたニーズを満たすことができる供給元(サプライヤー)を探します。
既存の取引先だけでなく、新規のサプライヤーも視野に入れて広く情報を収集します。この際、候補となる企業に対してRFI(Request For Information:情報提供依頼書)を送付し、会社概要、技術力、生産能力、実績などの基本的な情報を収集・スクリーニングします。
候補となるサプライヤーに対して、具体的な提案や見積もりを依頼します。依頼内容は、求める回答の性質によって以下の2つを使い分けます。
各社から回答(見積書・提案書)を受領したら、QCD(品質・コスト・納期)だけでなく、経営安定度やESGへの取り組み状況なども含めて総合的に評価し、発注先を選定します。
選定したサプライヤーと、最終的な取引条件を交渉します。
単価の交渉だけでなく、支払条件(締め日・支払日)、納入場所、梱包仕様、納入リードタイム、品質保証の範囲、知的財産権の帰属などを取り決めます。合意に至れば、基本取引契約書や秘密保持契約書(NDA)を締結し、法的な拘束力を持つ関係を構築します。
ここからが狭義の「購買」フェーズに入ります。
契約に基づき、具体的な品目、数量、納期を記載した発注書(PO:Purchase Order)を発行し、サプライヤーへ送付します。近年は、Web-EDIや電子メールによる電子発注が主流です。この際、社内の承認権限規定に基づき、適切な承認フローを経ていることが内部統制上重要です。
発注したモノが指定した納期通りに届くよう、進捗を確認(納期管理)します。遅延の予兆があれば、早期に督促や調整を行います。
物品が納入されたら、発注内容と相違がないか、数量や品質に問題がないかを確認する「受入検査」を行います。問題がなければ「検収」処理を行い、所有権の移転と支払い義務を確定させます。サービスの場合は、役務提供が完了したことを確認する完了報告書の受領をもって検収とします。
サプライヤーから送付される請求書の内容を確認し、支払い手続きを行います。
ここで重要なのが「3点照合(3-way matching)」です。
これら3つの書類(データ)が一致していることを確認することで、架空請求や過払いを防ぎます。照合が完了したら、契約した支払条件に従って経理部門が支払い(振込等)を実行します。
支払いが終われば完了ではありません。定期的にサプライヤーのパフォーマンス(納期遵守率、不良率、対応力など)を評価します。
評価結果をサプライヤーにフィードバックし、改善を促したり、優良なサプライヤーとはパートナーシップを強化したりするSRM(Supplier Relationship Management)の活動を行います。この蓄積されたデータが、次回の「1. 調達計画」や「2. サプライヤー探索」の精度を高めるサイクルとなります。
調達する対象物は、大きく「直接材」と「間接材」に分けられ、それぞれ管理のポイントやプロセスが異なります。これらを混同せず、特性に合わせた管理を行うことが効率化の鍵です。
製品の製造に直接使用される材料や部品のことです。
製品の製造には直接関わらないが、企業活動に必要な物品やサービス(事務用品、PC、工具、清掃業務、広告宣伝費など)のことです。
企業の成長に伴い取引量や拠点数が増加すると、従来のアナログな管理手法(Excel、メール、紙)では対応しきれなくなり、様々な歪みが生じます。ここでは代表的な3つの課題を挙げます。
「この部材はAさんに聞かないと詳細がわからない」「発注履歴が個人のメールボックスにしか残っていない」といった属人化は、成長企業の調達部門でよく見られる課題です。
担当者が不在の場合に業務が停滞するだけでなく、退職によってノウハウや過去の交渉経緯が失われるリスクがあります。また、選定プロセスが不透明であることは、不正発注や癒着の温床にもなりかねず、ガバナンスの観点からも早急な解消が求められます。
調達、製造、営業、経理の各部門が異なるシステムやExcelでデータを管理している場合、情報の分断が発生します。
例えば、営業が大型案件を受注してもその情報が調達部門に即座に伝わらなければ、部材の手配が遅れて納期遅延を引き起こします。逆に、設計変更の情報がサプライヤーに正しく伝わっていなければ、旧仕様の部品が納入されてしまい、廃棄ロスが発生します。
「必要な情報が必要な時に共有されない」ことは、機会損失や無駄なコストの最大の原因です。
グローバル化やサプライチェーンの多層化に伴い、リスク管理の難易度が上がっています。
1次サプライヤー(Tier1)だけでなく、その先の2次、3次サプライヤーの状況まで把握していなければ、予期せぬ自然災害や地政学リスクによって供給が寸断される恐れがあります。アナログな管理では、こうしたサプライチェーン全体を俯瞰し、迅速に代替調達先を探すといったBCP対応が困難です。
前述した課題を解決し、調達プロセスを戦略的なものへと変革するためには、部分的なツール導入ではなく、全社の情報を統合する「ERP(統合基幹業務システム)」の活用が効果的です。
調達に特化したシステムも存在しますが、経営視点で全体最適を目指すならばERPが推奨されます。その理由は、調達プロセスが他部門の業務と密接に連動しているからです。
ERPを活用することで、以下のような連携がリアルタイムかつ自動的に行われます。
データの二重入力や転記ミスがなくなり、全社で整合性の取れた数字を共有できることが最大のメリットです。
ERPを導入し、全社・全拠点の購買データを一元管理することで、これまで見えていなかった「調達の無駄」が可視化されます。
これにより可能になるのが「集中購買」です。各拠点や各部門がバラバラに発注していた同じ品目を、本社調達部門がとりまとめて発注することで、バイイングパワー(購買力)を高め、ボリュームディスカウントを引き出すことができます。また、発注先を推奨サプライヤーに集約することで、管理工数の削減や品質の安定化も図れます。
集中購買は、システムによるデータの裏付けがあって初めて実現できる強力なコスト削減手法です。
かつてERPは大企業向けの高額なシステムでしたが、現在はクラウドベースの「SaaS型ERP」が主流となり、中堅・成長企業での導入が進んでいます。
調達プロセスにおいてSaaS型ERPが適している理由は以下の通りです。
これからの調達プロセスは、単なる効率化(QCD)だけでなく、社会的な要請や技術革新を取り入れた新たな視点が必要です。
環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)を重視した調達活動は、企業の社会的責任(CSR)として必須事項となりつつあります。
CO2排出量の少ない部材の選定、サプライヤーの労働環境や人権への配慮状況の確認などを、調達プロセス(特にサプライヤー選定・評価ステップ)に組み込む必要があります。ERPを活用してサプライヤーのESGデータを管理し、グリーン調達比率などを可視化することは、投資家や消費者からの信頼獲得につながります。
AI(人工知能)技術の進化により、調達業務の自動化と高度化が加速しています。
SaaS型ERPであれば、こうした最新のAI機能が標準搭載またはオプションで提供されることが多く、先進的な調達プロセスを容易に取り入れることができます。
調達プロセスの見直しやシステム化を検討する際、経営者や担当者からよく寄せられる質問とその回答をまとめました。
最大のメリットは「属人化の排除」と「ガバナンスの強化」です。誰が担当しても同じ手順・基準で業務が行われるようになるため、ミスや不正のリスクが減り、業務品質が安定します。また、プロセスが統一されることでシステム化が容易になり、全社的なデータの可視化や分析(コスト削減の機会発見)が可能になります。
取引数や品目数が少ないうちはExcel管理でも対応可能ですが、事業が成長フェーズに入るとすぐに限界を迎えます。ミスや手戻りによる見えないコストが増大する前に、早めにシステム化することをお勧めします。SaaS型ERPであれば、小規模から低コストでスタートでき、企業の成長に合わせて拡張していくことが可能です。
一概にどちらが良いとは言えませんが、一般的には「汎用品や間接材」は集中購買によるコストメリットが大きく、「緊急度が高いものや地域固有のサービス」は現場の裁量による分散購買が適しています。ERPを活用すれば、本社で集中購買の契約(単価決定)を行い、実際の発注指示は各現場で行うといった、集中と分散のハイブリッドな運用も効率的に管理できます。
単にサプライヤーへ値下げを要求するだけでなく、以下のような構造的なアプローチが効果的です。
これらを実行するためには、現状の支出データ(誰に、何を、いくら払っているか)を正確に把握することが出発点となります。
QCDの観点からバランスよく設定することが重要です。
ERPを活用すれば、これらのKPIをリアルタイムでダッシュボードに表示し、常にモニタリングできる環境を構築できます。
調達プロセスは、企業の利益構造を決定づけ、リスクをコントロールするための重要な経営基盤です。
「調達計画」から「サプライヤー管理」に至る8つのステップを標準化し、属人化を排除すること。そして、直接材・間接材の特性に応じた適切な管理を行うこと。これらが徹底されて初めて、戦略的な調達が可能になります。
その実現手段として、ERP(特にSaaS型)の活用は極めて有効です。バラバラだったデータを統合し、集中購買や予実管理、さらにはAIによる予測といった高度な機能を活用することで、調達部門は「コストセンター」から、企業の競争力を生み出す「プロフィットセンター」へと進化します。
不透明な時代だからこそ、足元の調達プロセスを見直し、データに基づいた強靭なサプライチェーンを構築することが、企業の持続的な成長を支える鍵となるでしょう。