
企業を取り巻く市場環境が激しく変化する現代において、企業が持続的に利益を上げ、さらなる飛躍を遂げるためには、明確な「成長戦略」の策定が不可欠です。しかし、いざ戦略を立案しようとしても、「経営戦略と何が違うのか曖昧」「どのフレームワークを活用すべきかわからない」「計画が絵に描いた餅になってしまう」といった課題を抱える経営者や経営企画担当者の方も多いのではないでしょうか。
本記事では、成長戦略の基本的な定義や策定する目的から、アンゾフの成長マトリクスをはじめとする代表的な4つのフレームワーク、そして具体的な描き方までを体系的に解説します。また、実際に新規市場の開拓や多角化によって事業拡大を果たした成功企業の事例や、戦略を確実に実行するためのポイントについても触れていきます。
結論から申し上げますと、実現性の高い成長戦略を描き成功させるための鍵は、フレームワークを用いた正確な現状分析と、データに基づいた迅速な意思決定を支える経営基盤の整備にあります。本記事を通じて、貴社の持続的な成長を実現するための具体的なヒントを見つけていただければ幸いです。
この記事で分かること
- 成長戦略の定義と経営戦略との違い
- 戦略立案に役立つ4つのフレームワーク(アンゾフの成長マトリクスなど)
- 実現性の高い成長戦略の具体的な描き方とロードマップ策定
- 新規市場開拓やM&Aなどによる企業の成功事例
- 戦略実行を成功に導くためのデータ活用とERPの役割
成長戦略とはどのようなものか
企業経営において「成長」は永遠のテーマであり、多くの経営者が自社の将来像を描くために腐心しています。しかし、漠然と売上目標を掲げるだけでは、変化の激しい現代市場を勝ち抜くことは困難です。そこで必要となるのが、具体的かつ論理的な「成長戦略」です。
本章では、成長戦略の基本的な定義や経営戦略との違い、そしてなぜ今、特に中堅企業においてその策定が急務となっているのかについて解説します。
成長戦略の定義と経営戦略との違い
成長戦略とは、企業が将来にわたって事業規模を拡大し、利益を増大させるために策定する具体的なシナリオや方針のことを指します。市場における競争優位性をどのように確立し、どの分野に経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を集中させるかを明確にするものです。
よく混同されがちな言葉に「経営戦略」がありますが、両者は包含関係にあります。経営戦略は企業の理念やビジョンを実現するための全体的な計画であり、成長戦略はその中で特に「事業の拡大・伸長」に焦点を当てた機能別戦略の一つと位置づけられます。
両者の違いを整理すると、以下のようになります。
| 項目 | 経営戦略 | 成長戦略 |
|---|---|---|
| 目的 | 企業の存続とビジョンの実現、全体最適化 | 市場シェアの拡大、売上・利益の伸長 |
| 視点 | 守り(リスク管理)と攻めのバランス | 攻め(機会の最大化)を中心とした展開 |
| 主な要素 | 財務戦略、人事戦略、組織再編などを含む包括的な計画 | 新規市場開拓、新製品開発、M&Aなど事業成長に直結する施策 |
つまり、経営基盤を安定させつつ、どの領域でアクセルを踏むかを定めたものが成長戦略だと言えます。経営戦略という土台の上に、成長のための柱を立てるイメージを持つと理解しやすいでしょう。
企業が持続的に成長戦略を策定する目的
企業が成長戦略を策定する最大の目的は、環境変化に適応し、持続的な企業価値の向上を実現することにあります。現代のビジネス環境はVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代と呼ばれ、過去の成功体験が通用しないケースが増えています。
現状維持は、相対的な後退を意味します。競合他社が新たなテクノロジーやビジネスモデルで市場を切り崩してくる中で、自社が意図的な成長シナリオを持たなければ、市場シェアは徐々に奪われていくことになります。成長戦略を策定することには、具体的に以下のような目的があります。
- リソース配分の最適化:限られた経営資源を、最も成長が見込める分野へ集中的に投下するため
- 組織のベクトル合わせ:全社員が同じ方向を向いて業務に取り組むための指針を示すため
- ステークホルダーへのコミットメント:株主や金融機関、従業員に対し、企業の将来性を示すため
- リスクの分散:特定の事業に依存する一本足打法から脱却し、多角化等による収益基盤の安定化を図るため
特に、既存事業が成熟期を迎えている場合、次なる収益の柱を作ることは企業の生存に関わる重要課題です。成長戦略は、単なる目標数値の羅列ではなく、そこに至るまでの「勝ち筋」を描くプロセスそのものなのです。
中堅企業における成長戦略の重要性
年商100億円から数千億円規模の中堅企業において、成長戦略の重要性はさらに高まります。このフェーズにある企業は、スタートアップのような機動力と大企業のような資本力の中間に位置しており、次のステージへ飛躍するか、停滞するかの分岐点に立たされているからです。
中堅企業が直面しやすい課題として「組織のサイロ化」や「属人化の限界」が挙げられます。事業規模が拡大するにつれ、部門間の連携が希薄になり、創業期のようなトップダウンによる迅速な意思決定が難しくなるケースが散見されます。また、各部門で個別にシステムやExcelが乱立し、全社の経営状況をリアルタイムに把握できないという「データの分断」も、成長の足かせとなりがちです。
このような状況下で更なる成長を目指すには、正確なデータに基づいた現状分析と、全社最適の視点に立った戦略立案が不可欠です。
勘や経験だけに頼るのではなく、客観的な数値に基づいて「どの事業が本当に利益を生んでいるのか」「どこに投資すべきか」を判断できる経営基盤を整えること。これが、中堅企業が成長戦略を絵に描いた餅に終わらせず、着実に実行するための第一歩となります。
成長戦略を考えるための4つのフレームワーク
企業が持続的な成長を実現するためには、経営者の直感や経験だけでなく、客観的なデータと論理に基づいた戦略策定が不可欠です。市場環境が複雑化する中で、自社の立ち位置を正確に把握し、進むべき方向性を定めるためには、既存のフレームワークを活用することが近道となります。
ここでは、中堅企業が成長戦略を描く際に特に有効な4つの代表的なフレームワークについて解説します。これらを活用することで、現状の課題を整理し、経営リソースをどこに集中すべきかを明確にすることができます。
アンゾフの成長マトリクス
アンゾフの成長マトリクスは、「製品」と「市場」の2軸を、それぞれ「既存」と「新規」に分けることで、企業の成長領域を4つの象限に分類するフレームワークです。自社がどの方向で成長を目指すべきかを検討する際の基礎となります。
| 既存製品 | 新規製品 | |
|---|---|---|
| 既存市場 | 市場浸透戦略 既存顧客への販売量を増やし、シェア拡大を図る |
新製品開発戦略 既存顧客に対して、新たな製品・サービスを提供する |
| 新規市場 | 新市場開拓戦略 既存製品を、新しいエリアやターゲット層へ展開する |
多角化戦略 新しい市場に新しい製品を投入し、事業領域を広げる |
中堅企業においては、まず「市場浸透」で足場を固めつつ、「新製品開発」や「新市場開拓」へリソースを配分するケースが多く見られます。どの象限を選択するかは、自社の財務状況や生産能力、人的リソースの余力を正確に把握した上で判断する必要があります。
SWOT分析による現状把握
SWOT分析は、自社の内部環境(強み・弱み)と外部環境(機会・脅威)を照らし合わせることで、現状を多角的に分析する手法です。
- Strengths(強み):技術力、ブランド、顧客基盤など、競合に対する優位性
- Weaknesses(弱み):リソース不足、システムの老朽化、コスト構造など、克服すべき課題
- Opportunities(機会):市場の拡大、規制緩和、技術革新など、追い風となる外部要因
- Threats(脅威):競合の台頭、市場の縮小、法改正など、リスクとなる外部要因
単に要素をリストアップするだけでなく、「強み」を活かして「機会」を掴む(積極攻勢)、あるいは「弱み」を補強して「脅威」に備える(専守防衛)といった、要素を掛け合わせる「クロスSWOT分析」を行うことが重要です。特に、正確な経営データに基づいて自社の「強み」と「弱み」を客観的に評価することが、実効性のある戦略立案の第一歩となります。
PEST分析による外部環境の理解
自社ではコントロールできないマクロ環境の変化を予測・分析するためのフレームワークがPEST分析です。中長期的な成長戦略を策定する際、将来のリスクやチャンスを見逃さないために用います。
- Politics(政治):法改正、税制変更、政府の補助金政策など
- Economy(経済):景気動向、為替相場、金利、物価変動など
- Society(社会):人口動態、少子高齢化、ライフスタイルの変化など
- Technology(技術):IT技術の進化、AIの活用、DXの潮流など
例えば、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展は「Technology」における大きな変化です。この変化を単なる技術トレンドとして捉えるのではなく、自社のビジネスモデルを変革する機会として捉えられるかどうかが、成長の鍵を握ります。
バリューチェーン分析による競争優位性の確立
バリューチェーン(価値連鎖)分析は、原材料の調達から製品・サービスが顧客に届くまでの企業活動を機能ごとに分解し、どの工程で「価値(付加価値)」が生み出されているかを分析するフレームワークです。
企業活動は主に、購買物流、製造、出荷物流、販売・マーケティング、サービスといった「主活動」と、全般管理、人事・労務管理、技術開発、調達活動といった「支援活動」に分類されます。
この分析を行う目的は、競合他社と比較してどのプロセスに強みがあるか、あるいはどのプロセスがボトルネック(高コストや非効率)になっているかを特定することにあります。部門ごとにシステムが分断されている状態では、バリューチェーン全体の最適化は困難です。各プロセスを横断的にデータ連携させ、全社視点でリソース配分を最適化する仕組みこそが、競争優位性の源泉となります。
実現性の高い成長戦略の描き方
企業が持続的な発展を遂げるためには、単なる願望や目標数値の羅列ではない、実現可能性の高い成長戦略を描く必要があります。多くの企業において、戦略が「絵に描いた餅」に終わってしまう原因は、現状認識の甘さや実行プロセスの具体性欠如にあります。
特に年商100億円を超える中堅企業においては、組織が拡大するにつれて部門間の壁が生じやすく、全社的なリソースの最適配分が難しくなる傾向があります。経営層が確かな舵取りを行うためには、客観的なデータに基づいた分析と、現場が迷いなく動ける具体的なロードマップが不可欠です。
自社の現状分析と市場調査の実施
成長戦略の第一歩は、自社の立ち位置を正確に把握することから始まります。これは「感覚的な把握」ではなく、定量的なデータに基づいた客観的な分析でなければなりません。自社の強み(Core Competence)と弱み、そして経営資源の状況を詳細に洗い出します。
しかし、多くの中堅企業では、部門ごとに異なるシステムやExcelでデータを管理しているため、全社横断的なデータの集計に多大な時間を要したり、数値の整合性が取れなかったりする課題を抱えています。正確かつリアルタイムな経営データの把握は、正しい戦略立案の前提条件です。
内部環境の分析と並行して、外部環境である市場調査も実施します。市場規模の推移、顧客ニーズの変化、技術革新の動向などを多角的に調査し、自社が攻めるべき「機会」と避けるべき「脅威」を特定します。
- 内部データの統合:会計、販売、在庫、人事などのデータを一元的に可視化し、収益性の高い事業やボトルネックとなっている工程を特定する。
- 顧客データの分析:既存顧客の購買履歴やLTV(顧客生涯価値)を分析し、ロイヤルティの高い顧客層の特性を把握する。
- マクロ環境の調査:PEST分析などを用い、法規制や経済動向が自社に与える影響を予測する。
競合優位性の確立とターゲット設定
市場における自社の優位性を明確にし、どのセグメント(顧客層)にアプローチするかを決定します。中堅企業が大企業との競争に勝つ、あるいはニッチトップの地位を確立するためには、経営資源を特定の領域に集中させる「選択と集中」が重要です。
競合他社が提供できていない価値、あるいは自社だけが提供できる付加価値(バリュープロポジション)を定義します。価格競争に巻き込まれないためにも、製品・サービスの品質、提供スピード、アフターサポートなど、独自の強みを明確に打ち出す必要があります。
以下の表は、競合優位性を確立するための視点を整理したものです。
| 視点 | 内容 | 戦略への活かし方 |
|---|---|---|
| コストリーダーシップ | 競合よりも低いコストで製品・サービスを提供する | 業務プロセスの効率化や調達の最適化により利益率を確保し、価格競争力を高める。 |
| 差別化 | 特異性のある製品・サービスにより顧客に価値を提供する | 技術力、ブランド力、顧客対応力など、他社が模倣困難な要素を強化する。 |
| 集中戦略 | 特定の市場セグメントや地域に資源を集中する | 特定のニーズを持つ顧客層に対して、専門性の高いソリューションを提供する。 |
ターゲット設定においては、単に「20代女性」や「製造業」といった属性だけでなく、顧客が抱える課題や解決したいジョブ(Job to be Done)に着目することで、より解像度の高い戦略を立案できます。
具体的なアクションプランとロードマップの策定
戦略の方向性が定まったら、それを実行可能なレベルまで落とし込んだアクションプランとロードマップを策定します。ここでは、全社目標を部門ごとのKPI(重要業績評価指標)に分解し、誰が、いつまでに、何を達成すべきかを明確にします。
ロードマップ策定において重要なのは、時間軸の設定とリソースの配分です。短期的な成果(Quick Wins)と中長期的な成長基盤の構築をバランスよく配置し、資金や人材といった経営資源をどのタイミングで投入するかを計画します。
- KGI・KPIの設定:最終的なゴール(売上、利益率など)と、それを達成するための中間指標(リード獲得数、成約率、生産効率など)を設定する。
- リソース計画の策定:戦略実行に必要な予算、人員、設備、ITシステムへの投資計画を立案する。
- リスク管理:想定されるリスク(市場環境の急変、人材流出など)を洗い出し、対応策を準備する。
また、アクションプランは一度作成して終わりではありません。市場環境は常に変化するため、計画と実績の乖離を定期的にモニタリングし、迅速に軌道修正できる体制(PDCAサイクル)を整えることが成功の鍵となります。迅速な意思決定を行うためには、経営層が常に最新の経営数値を把握できる環境整備が求められます。
成長戦略の成功事例に見る共通点
成長戦略を策定し、実際に成果を上げている企業にはいくつかの共通点が存在します。業種や規模が異なっても、成功の裏側には「市場環境の的確な把握」と「自社の強みを活かした迅速な実行」、そしてそれらを支える「経営基盤」があります。
ここでは、特定企業の固有名詞は挙げませんが、多くの中堅企業が直面する課題を克服し、成長を遂げた代表的なパターンを3つの類型に分けて解説します。これらの事例から、自社に取り入れられる要素を見つけ出してください。
新規市場開拓による事業拡大の事例
既存の商品やサービスを、これまでとは異なる市場に展開することで成長を遂げるパターンです。特に国内市場の成熟化に直面している中堅製造業において、海外展開や新たな顧客セグメントへのアプローチは有効な手段となります。
ある産業用機械メーカーでは、国内の工場向け需要が頭打ちになる中で、新興国市場への進出を決断しました。しかし、単に製品を輸出するだけでは現地の安価な競合製品に勝てません。そこで、この企業は以下の戦略を実行しました。
- 現地企業のニーズに合わせ、機能を絞り込んだ低価格モデルを開発
- IoT技術を活用し、遠隔監視によるメンテナンスサービスを付加価値として提供
- 現地の販売代理店と連携し、商習慣に合わせた流通網を構築
この事例における成功の鍵は、自社の技術力という強みを維持しつつ、市場のデータに基づいて柔軟に製品仕様やビジネスモデルを適合させた点にあります。市場調査データと社内の設計・製造データを連携させ、迅速に意思決定を行えたことが、競合他社に対する優位性を築きました。
新製品開発による多角化の事例
既存の顧客基盤や技術リソースを活用し、新しい製品・サービスを開発して多角化を進める事例です。単一事業への依存度を下げることは、経営のリスク分散だけでなく、新たな収益の柱を作ることにつながります。
例えば、長年にわたり食品卸売業を営んでいたある企業は、取引先である飲食店からの「人手不足で仕込みに時間が割けない」という声に着目しました。そこで、単なる食材の配送にとどまらず、自社工場で一次加工を行った「半調理品キット」の開発・製造事業へ参入しました。
| 戦略の要素 | 具体的な取り組み内容 |
|---|---|
| 顧客ニーズの把握 | 営業担当者が収集した顧客の声をデータベース化し分析 |
| リソースの活用 | 既存の物流網と調達ルートをそのまま新事業に転用 |
| 付加価値の創出 | 「食材提供」から「業務効率化支援」へと価値を転換 |
この事例では、既存事業で培った顧客との信頼関係と物流インフラを最大限に活用しています。成功の共通点は、飛び地のような無関係な分野への進出ではなく、自社のバリューチェーンに関連する領域でシナジー(相乗効果)を生み出していることです。
M&Aを活用した非連続的な成長の事例
自前主義にこだわらず、M&A(合併・買収)を通じて他社のリソースを取り込み、時間をかけずに事業規模を拡大する事例です。特に中堅企業においては、後継者不在の同業他社を譲り受けるケースや、技術を持つベンチャー企業を買収するケースが増えています。
ある専門商社では、エリア拡大のために地方の同業他社を複数買収しました。M&Aによる成長戦略で最も重要なのは、買収後の統合プロセス(PMI)です。この企業は、買収した企業の業務プロセスやシステムを早期に自社の標準プラットフォームに統合することで、以下の成果を上げました。
- グループ全体での在庫情報のリアルタイムな可視化
- 仕入れの共通化によるコスト削減(バイイングパワーの向上)
- 管理部門の集約による業務効率化
M&Aを成功させている企業は、単に売上規模を足し合わせるだけでなく、経営管理基盤を統合し、全社最適の視点でリソース配分を行っています。逆に言えば、正確な経営データを迅速に統合できるIT基盤を持たないままM&Aを繰り返すと、管理コストが増大し、かえって収益性を悪化させるリスクがあるとも言えます。
これらの成功事例に共通しているのは、戦略を描くだけでなく、それを実行するための「情報の可視化」と「迅速な意思決定」ができる体制が整っていたという点です。
成長戦略を成功に導くための経営基盤の整備
優れた成長戦略やフレームワークを描いたとしても、それを実行に移し、継続的にモニタリングできる体制が整っていなければ、戦略は「絵に描いた餅」に終わってしまいます。特に、年商100億から2,000億円規模の中堅企業において、成長戦略を阻害する最大の要因の一つが、複雑化した社内システムや分散されたデータによる「経営のブラックボックス化」です。
本章では、成長戦略を確実に実行し、軌道修正を行いながらゴールへ向かうために不可欠な「経営基盤(ITインフラ)」の在り方について解説します。
戦略実行における正確なデータの重要性
成長戦略を実行するフェーズでは、市場の反応や社内のリソース状況をリアルタイムに把握することが求められます。しかし、多くの企業では部門ごとに異なるシステムを利用していたり、Excelによる個別管理が常態化していたりするため、全社の数字を統合するのに膨大な時間がかかっています。
例えば、営業部門が把握している「売上見込」と、経理部門が管理する「売上実績」にズレが生じている場合、経営層はどちらのデータを信じて投資判断を下すべきか迷うことになります。不正確または遅延したデータに基づく判断は、競争の激しい市場において致命的なミスリードを招きかねません。
成長戦略を支えるためには、「今、会社で何が起きているか」を正確かつ瞬時に可視化できる環境が必要です。データが分断された状態(サイロ化)を解消し、単一の信頼できる情報源(Single Source of Truth)を確立することが、戦略実行の第一歩となります。
迅速な意思決定を支えるERPの役割
市場環境の変化は年々加速しており、数ヶ月前の前提条件が今日通用するとは限りません。このような環境下で成長戦略を推進するには、状況の変化に合わせて柔軟かつ迅速に意思決定を行う「スピード」が重要です。
ここで重要な役割を果たすのが、ERP(Enterprise Resource Planning:統合基幹業務システム)です。ERPは、会計、販売、在庫、生産、人事などの基幹業務を統合的に管理し、データを一元化します。これにより、経営層は月次決算を待つことなく、日々の業績推移やキャッシュフローの状況を把握できるようになります。
従来型の個別システム環境と、ERP導入後の環境における意思決定プロセスの違いは以下の通りです。
| 項目 | 従来の環境(個別システム・Excel) | ERP導入後の環境(統合データベース) |
|---|---|---|
| 情報の鮮度 | 各部門からの集計待ちが発生し、データが数週間遅れる | リアルタイムに全社の数値が更新される |
| データの整合性 | 部門間で数値が食い違い、調整作業に時間を要する | データが一元管理され、常に整合性が保たれている |
| 意思決定のスピード | 「過去の結果」を見てからの判断になり、後手に回る | 「現在の状況」を見て即座に判断し、先手を打てる |
特に、老朽化したオンプレミス型のERPや、過度なアドオン(追加開発)によってブラックボックス化したシステムを利用している場合、法改正対応や新しいビジネスモデルへの対応に多大なコストと時間がかかります。経済産業省が警鐘を鳴らす「2025年の崖」でも指摘されている通り、レガシーシステムからの脱却は、企業の成長力を維持するために避けて通れない課題です。
参考:デジタルトランスフォーメーション(DX)推進|経済産業省
全社最適化による経営リソースの有効活用
成長戦略には、新規事業への投資やM&A、海外進出など、多額の資金と人的リソースを必要とする施策が含まれます。これらを成功させるためには、限られた経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を、成長分野へ重点的に配分する「全社最適」の視点が欠かせません。
しかし、部門ごとの「部分最適」が進んでしまった組織では、重複業務による人件費の無駄や、過剰在庫によるキャッシュフローの悪化が見過ごされがちです。ERPを活用して業務プロセスを標準化し、全社的なリソースの状況を可視化することで、以下のようなメリットが生まれます。
- 在庫情報の共有により、全社レベルでの適正在庫維持とキャッシュフロー改善が実現する
- バックオフィス業務の自動化・効率化により、創出された人的リソースを戦略部門へシフトできる
- 不採算事業やコスト高の要因を早期に特定し、成長事業への投資原資を確保できる
成長戦略とは、単に売上を伸ばすことだけではありません。無駄を削ぎ落とし、筋肉質な経営体質へと変革することもまた、持続的な成長には不可欠です。ERPはそのための基盤として、経営の意思決定を強力にバックアップします。
成長戦略に関するよくある質問
成長戦略と経営戦略にはどのような違いがありますか?
経営戦略は企業のビジョンを達成するための全体的な計画を指す広義の概念であり、成長戦略はその中でも特に売上や利益の拡大、事業の成長に焦点を当てた具体的な戦略のことを指します。つまり、成長戦略は経営戦略の一部であり、企業が持続的に発展していくためのエンジンのような役割を果たします。
中小企業や小規模事業者でも成長戦略を策定する必要はありますか?
はい、企業規模に関わらず成長戦略の策定は重要です。経営リソースが限られている中小企業こそ、どの分野に集中して投資を行うべきかを明確にする必要があります。行き当たりばったりの経営ではなく、戦略に基づいた効率的な事業運営を行うことで、競争優位性を築きやすくなります。
成長戦略を策定するにはどのくらいの期間が必要ですか?
企業の規模や検討する範囲によって異なりますが、一般的には現状分析から戦略の立案、ロードマップの策定まで数ヶ月から半年程度の期間を要することが多いです。短期間で作成することよりも、十分な市場調査や社内での議論を経て、実現可能性の高い計画を練り上げることが重要です。
アンゾフの成長マトリクス以外におすすめのフレームワークはありますか?
目的や状況に応じて使い分けることが大切ですが、自社と競合、顧客の関係性を分析する3C分析や、業界の収益性を分析するファイブフォース分析なども有効です。複数のフレームワークを組み合わせることで、多角的な視点からより精度の高い戦略を導き出すことができます。
成長戦略が失敗してしまう主な原因は何ですか?
市場環境や顧客ニーズの読み違え、自社のリソースや強みを過大評価してしまうことが主な原因として挙げられます。また、立派な戦略を立てても、現場レベルまで浸透せず実行が伴わないケースや、進捗管理が不十分で軌道修正が遅れることも失敗の要因となります。
まとめ
本記事では、企業が持続的に発展していくために不可欠な成長戦略について、その定義や重要性、具体的な策定手順、そして成功に導くためのフレームワークや事例を解説しました。変化の激しい現代のビジネス環境において、企業が生き残り、さらなる飛躍を遂げるためには、自社の現状を正しく理解し、市場の機会を捉えた明確な成長戦略を描くことが求められます。
アンゾフの成長マトリクスやSWOT分析、PEST分析といったフレームワークを活用することで、客観的なデータに基づいた論理的な戦略立案が可能になります。また、成功企業の事例が示すように、既存事業の深耕だけでなく、新規市場への進出やM&Aによる多角化など、自社のフェーズや強みに合わせた柔軟な選択肢を持つことが重要です。
そして、策定した成長戦略を確実に実行し、成果につなげるためには、迅速な意思決定を支える経営基盤の整備が欠かせません。戦略の実行段階では、常に変化する状況をリアルタイムに把握し、適切なリソース配分を行う必要があります。そのためには、社内に散在するデータを一元管理し、経営の見える化を実現するERP(統合基幹業務システム)の活用が非常に有効です。
正確なデータに基づく経営判断は、成長戦略の精度を高め、企業の競争力を底上げします。自社の成長戦略をより強固なものにするために、まずはERPによる情報基盤の強化について情報収集を始めてみてはいかがでしょうか。システムによる効率化とデータ活用が、貴社の成長戦略を成功へと導く大きな力となるはずです。



