
ERP(統合基幹業務システム)の導入は、企業の成長を加速させる重要な経営判断です。しかし、その選定プロセスは複雑で、どの製品が自社に最適かを見極めるのは容易ではありません。その重要なプロセスの一助となるのが「RFP(提案依頼書)」です。
RFPを効果的に活用することで、自社の要件を明確にし、複数のベンダーから質の高い提案を引き出すことが可能になります。しかし、ただ形式的に作成するだけでは、かえって時間と労力がかかるだけで、最適な選定につながらないケースも少なくありません。
本記事では、ERP導入におけるRFPの基本的な役割から、クラウド時代に即した新たな潮流である「Fit to Standard」のアプローチまで、プロジェクトを成功に導くための実践的なノウハウをわかりやすく解説します。
この記事で分かること
- ERP導入におけるRFPの基本的な役割と重要性
- 従来のRFP作成が抱える課題と注意点
- ERP導入の新たな潮流「Fit to Standard」の考え方
- Fit to Standardを前提とした効果的なRFPの書き方
- RFP提出後のベンダー選定を成功させるためのプロセス
ERP導入におけるRFPの基本を理解する
ERP導入プロジェクトを本格的に進めるにあたり、まず「RFPとは何か」を正しく理解しておくことが成功への第一歩です。ここでは、RFPの基本的な定義や目的、関連文書との違いについて解説します。
RFP(提案依頼書)とは何か?
RFP(Request for Proposal)とは、日本語で「提案依頼書」と訳され、システム導入を検討している企業が、ITベンダーに対して自社の現状の課題やシステムに求める要件を伝え、具体的な提案を依頼するための公式な文書です。
単に機能一覧を提示するだけでなく、プロジェクトの背景や目的、予算、スケジュールといった全体像を共有することで、各ベンダーは自社の製品やサービスがどのように貢献できるかを具体的に提案します。これにより、企業は複数の提案を公平な基準で比較・検討できるようになります。
RFPを作成する目的と重要性
RFPを作成する主な目的は、「自社に最適なERPと、それを導入・支援してくれるベストパートナーを選定すること」にあります。RFPには、この目的を達成するために以下の重要な役割があります。
- 社内要件の明確化と合意形成: RFPを作成する過程で、関係部署へのヒアリングを通じて、現状の業務課題や新システムへの要望が言語化・整理されます。これにより、プロジェクトの目的が社内で統一され、関係者間の合意形成が促進されます。
- 提案の質の向上と均質化: 各ベンダーに共通の前提条件や要件を提示することで、提案内容の質が向上し、比較検討しやすい土台が整います。
- 選定プロセスの透明性と客観性: 明文化された要件と評価基準に基づいて選定を行うことで、プロセスの透明性と客観性が担保され、合理的な意思決定につながります。
RFI・RFQとの違い
RFPと混同されやすい文書に「RFI」と「RFQ」があります。これらは目的と利用するタイミングが異なります。
- RFI (Request for Information:情報提供依頼書): ベンダー選定の初期段階で、市場動向や各ベンダーの企業情報、製品の概要、導入実績といった幅広い情報を収集するために使用します。
- RFQ (Request for Quotation:見積依頼書): 導入するシステムや仕様がほぼ固まった段階で、価格を主軸とした見積もりを依頼するために使用します。
一般的には、RFIで候補を絞り込み、RFPで具体的な提案を受け、最終段階でRFQによって価格交渉を行う、という流れで進められます。
ERP導入の新たな潮流「Fit to Standard」とは
従来のRFPは、自社の業務プロセスに合わせてシステムを細かくカスタマイズ(アドオン開発)することを前提に作成されることが多くありました。しかし、クラウドSaaS型のERPが主流となった現代では、新たな導入アプローチが潮流となっています。
従来のRFP作成における課題
従来型の詳細なRFP作成には、以下のような課題が伴います。
- 膨大な作成工数と時間: 各部署の現行業務をすべて洗い出し、詳細な機能要件を定義するには、多大な時間と労力が必要です。
- 過剰なカスタマイズの誘発: 現行業務を維持することに固執するあまり、不要なカスタマイズが増え、コストの増大やバージョンアップの阻害要因となることがあります。
- イノベーションの阻害: システムを自社の古い業務プロセスに合わせることで、業界のベストプラクティスを取り入れ、業務改革を進める機会を失ってしまう可能性があります。
こうした課題を背景に、特にSaaS型ERPの導入において注目されているのが「Fit to Standard」という考え方です。
Fit to Standard(フィットトゥスタンダード)の考え方
Fit to Standardとは、システムの機能に合わせて自社の業務プロセスを見直し、標準機能を最大限に活用する導入アプローチです。
これは、多くの導入実績から得られた業界のベストプラクティスが標準機能として組み込まれているSaaS型ERPの特性を活かす考え方です。カスタマイズを最小限に抑えることで、導入コストの削減や期間の短縮、法改正への迅速な対応、常に最新の機能を利用できるといったメリットを享受できます。
Fit to StandardがSaaS型ERPで有効な理由
SaaS型ERPは、クラウド上で提供され、定期的に機能がアップデートされるという特徴があります。過度なカスタマイズを行うと、このアップデートの恩恵を受けられなくなったり、追加の改修コストが発生したりするリスクがあります。
Fit to Standardのアプローチは、このSaaSのメリットを最大限に引き出すための、いわば「賢いERP導入の作法」と言えるでしょう。この考え方を取り入れることで、企業は陳腐化しないシステム基盤を手に入れ、継続的な業務改善と成長を実現しやすくなるのです。
Fit to Standardを前提とした効果的なRFPの書き方
Fit to Standardのアプローチを取り入れる場合、RFPに記載する内容も従来とは少し変わってきます。
ここでは、現代的なERP導入を成功させるためのRFPの書き方と、そのポイントを解説します。
プロジェクトの「目的」と「ゴール」を最重視する
詳細な機能要件を羅列するのではなく、「なぜERPを導入するのか」「導入によって何を達成したいのか」というプロジェクトの目的とゴールを明確に伝えることが最も重要です。
例えば、「 antiquatedなシステムからの脱却によるDX推進」「データの一元化による迅速な経営判断の実現」「手作業の削減による生産性向上」といった、経営課題に直結するゴールを具体的に記載しましょう。
解決したい「経営・業務課題」を具体的に示す
「この機能が欲しい」というHow(手段)ではなく、「このような業務課題を解決したい」というWhat(目的)を伝えることがポイントです。
例えば、「月次の決算締め作業に10営業日かかっており、経営層への報告が遅れている」「部門ごとに在庫データの管理方法が異なり、正確な在庫数をリアルタイムに把握できない」といった具体的な課題を提示することで、ベンダーは標準機能を活用した解決策を提案しやすくなります。
ベンダーの「標準機能」と「ベストプラクティス」を問う
自社の課題に対して、ベンダーが提供するERPの標準機能でどのように対応できるか、また、同業他社ではどのように解決しているか(ベストプラクティス)を問いかける質問を盛り込みます。
これにより、ベンダーの知見や提案力を引き出すことができます。
どうしても譲れない「必須要件」を明記する
Fit to Standardを基本としつつも、企業の競争力の源泉となっている独自の業務プロセスなど、どうしても標準機能では対応が難しい、譲れない要件も存在します。
それらは「必須要件」として明確に区別して記載し、対応可否や代替案を求めましょう。
非機能要件を具体的に定義する
クラウドサービスを利用する上で、セキュリティ、パフォーマンス、サポート体制といった非機能要件は非常に重要です。以下のような項目について、自社が求めるレベルを具体的に定義し、RFPに記載しましょう。
- セキュリティ: 求めるセキュリティ基準(例: ISMS認証の取得状況)、アクセス管理の要件など。
- パフォーマンス: 想定利用者数、レスポンスタイムの基準など。
- サポート体制: 問い合わせ対応時間、障害発生時の対応フローなど。
RFP提出後のベンダー選定プロセス
質の高いRFPを作成した後は、適切なプロセスを経てベンダーを選定することが重要です。
この段階での見極めが、プロジェクトの成否を大きく左右します。
提案内容の評価と絞り込み
各ベンダーから提出された提案書を、RFPで定めた評価基準に基づいて客観的に評価します。評価チームを編成し、機能、コスト、実績、サポート体制など、複数の観点から点数化すると良いでしょう。
この評価に基づき、候補となるベンダーを2〜3社に絞り込みます。
デモンストレーションとFit & Gap分析
絞り込んだベンダーには、自社の主要な業務シナリオに基づいたデモンストレーションを依頼します。実際にシステムが動作する様子を見ることで、提案書だけではわからない操作性や適合性を確認できます。
同時に、自社の業務要件(Gap)とシステムの標準機能(Fit)がどれだけ適合しているかを分析する
「Fit & Gap分析」を行います。Gapの部分については、代替案や設定変更で対応可能か、
追加開発が必要かなどをベンダーと協議し、実現性とコストを評価します。
最終選定と契約
デモンストレーションやFit & Gap分析の結果、および見積もり内容を総合的に評価し、最終的なパートナーとなるベンダーを1社に決定します。契約前には、要件定義の範囲や責任分界点、プロジェクトの推進体制などを改めて確認し、双方の認識に相違がないようにすることが重要です。
【FAQ】ERPのRFPに関するよくある質問
ここでは、ERPのRFPに関して多く寄せられる質問とその回答をまとめました。
ERP導入を検討する上で生じる疑問の解消にお役立てください。
RFPの作成にはどれくらいの期間がかかりますか?
企業の規模やプロジェクトの複雑さによりますが、一般的には2〜3ヶ月程度を要します。
社内の課題整理や関係部署との調整に時間をかけることが、結果的にプロジェクト全体の成功につながるため、焦らず丁寧に進めることが重要です。
RFPなしでERPを導入することはできますか?
不可能ではありませんが、推奨されません。RFPを作成しない場合、ベンダー選定の基準が曖昧になり、各社からの提案を客観的に比較することが難しくなります。また、導入後に「こんなはずではなかった」といった認識の齟齬が生じるリスクが高まります。
Fit to Standardで導入する場合、カスタマイズは一切できないのですか?
いいえ、一切できないわけではありません。Fit to Standardは、あくまで「標準機能を最大限に活用する」というアプローチであり、カスタマイズを完全に禁止するものではありません。企業の競争力に直結するような、本当に価値のある部分に限定して、戦略的にカスタマイズを行うことは有効です。
SaaS型ERPを選ぶメリットは何ですか?
SaaS型ERPには、サーバーなどのインフラを自社で保有する必要がなく初期投資を抑えられる、法改正や新技術に自動で対応できる、場所を選ばずに利用できるといったメリットがあります。
Fit to Standardのアプローチと組み合わせることで、これらのメリットを最大限に享受できます。
ベンダー選定で最も重視すべき点は何ですか?
製品の機能や価格はもちろん重要ですが、それ以上に「自社のビジネスや課題を深く理解し、成功に向けて伴走してくれるパートナーとなりうるか」という視点が不可欠です。導入実績の豊富さ、業界への知見、そして担当者とのコミュニケーションのしやすさなどを総合的に評価して判断しましょう。
まとめ
本記事では、ERP導入を成功させるためのRFPの役割と、現代的なアプローチである「Fit to Standard」に基づいた効果的な作成方法について解説しました。
ERP導入の成功は、単に高機能なシステムを選ぶことだけでは達成できません。自社の課題と目的を明確にし、その実現に向けて最適な製品と信頼できるパートナーを見極めるプロセスこそが重要です。
RFPはそのための羅針盤となる、非常に強力なツールです。クラウドSaaS型ERPが主流の今、従来型の重厚なRFPに固執するのではなく、Fit to Standardの考え方を取り入れ、より戦略的かつ効率的にプロジェクトを進めることが求められています。
この記事を参考に、貴社のERP導入プロジェクトが成功裏に進むことを願っています。まずは自社の課題整理から始め、ERPによる経営改革への第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。



